「最近どう?」と切り出すことが、ここまでしっくりくる状況があったでしょうか。オンラインツールの恩恵を受けながらも、「話を聞く」行為を複雑に体験したいと願うのは、編集者やライターだけではないはずです。さて、「このタイミングでどうしてるかな〜」という軽い気持ちとソーシャルディスタンスを持って、近況が気になるあの人に声をかけていく本企画。第2回は、大阪・九条で映画館「シネ・ヌーヴォ」を営む山崎紀子(やまさき・のりこ)さんです。
ローズマリーと日本酒と労働環境
気温は38℃。コスモスクエア行きの中央線に乗り、阿波座駅を越えると、16時台のぎらぎらとした陽光がまちに降り注ぐのが見えた。冷房の効いた車内とは打って変わって、ドアが開くと熱のこもった空気が待ち受ける。九条駅6番出口の階段を下り、ナインモール商店街をみなと通り方面へと進む。
実は、シネ・ヌーヴォには初めて赴く。昨年末に仙台から大阪へ越してきた筆者にとって、面白そうな作品を編成する同館は気になる場所だった。コロナの影響もあり、なかなか足を延ばせずにいたが、paperCでは「生誕100年記念 異端の天才 キム・ギヨン」「没後50年 映画監督 内田吐夢」などの紹介記事を書かせてもらってもいた。緊急事態宣言の発令直後に立ち上がった、シネ・ヌーヴォを含む京阪神の13映画館によるミニシアター支援プロジェクト「Save our local cinemas」も強く印象に残る。地域に根ざした館や文化の存続を訴える切実さは、地に足がつかないような状況下で、人々に生身の現実を感じさせる出来事だったのではないだろうか。
ナインモール商店街を一本隔てた、九条千日通商店街の横道沿いにシネ・ヌーヴォはある。手を消毒して館内へ入ると、2階へ続く細い階段から、Save our local cinemasの応援Tシャツを着た山崎さんが下りてきた。「初めてお会いする感じがしないですね」と、朗らかに迎えてくれた。
ーー新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、シネ・ヌーヴォは一時休館されていましたね。その期間、山崎さんご自身はどのように過ごされていましたか?
山崎:緊急事態宣言下の5月はどこにも出かけられなかったので、わざと遠くまで散歩したりしていましたね。住んでいる九条から川沿いに中之島まで歩いて、その辺に生えているローズマリーを摘んで帰って(笑)。家の近くに新しくできた生鮮食品のお店で野菜や魚を買っては、ローズマリーと一緒にアクアパッツァ風に煮る。それがなかなかおいしいんです。そんな感じで、日々身の回りに目を配りながら、映画館再開に向けてさまざまな準備を進めつつ。6月1日にやっとシネ・ヌーヴォを開くことができました。
ーー再オープンから約3ヶ月、現在の様子はどうですか?
山崎:少しずつ経営を立て直して、「これで日常に戻れるかもしれない」と思った矢先、第二波が来て。本当にうまくいきません(笑)。それでも、お客さまが「見逃すわけにはいかない!」と来てくださるので、私たちも安心して映画を楽しめる環境づくりに取り組んでいます。うちはもともと自由席だったのですが、指定席にして座席も半分に。感染予防のために今はどこの映画館も徹底していることだけれど、最初は常連のお客さまがどう反応されるか気になっていたんです。でも、「えー! 指定席なったん?」と言いながら、きちんと応えてくれている。消毒やこまめな換気、清掃も欠かせないです。
ーー館の配慮はもちろんですが、どことなくお客さんの応援の気持ちも感じます。
山崎:お客さまにも近隣の方々にも、大事にしてもらっていますね。そうそう、休館中に大掃除をしていたら、電気系統がだめになったことがあったんですよ。すごく焦って、近くの電気屋さんに「おっちゃーん! 大変!」と助けを求めたら、コロナ禍にもかかわらず駆けつけて、「頑張りや〜」と修理してくれました。近所の方も、商店街ですれ違うと「今日は行かへんけど、明日行くわ」と言ってくださいます(笑)。
ーーシネ・ヌーヴォが京阪神の映画館と共同で運営するSave our local cinemasと、齊藤酒造とのタイアップ企画「再開しました! ありがとう! 日本酒を飲もう!」(2020年8月31日で終了)も動いていますね。
山崎:営業の方が応援Tシャツの取り組みを知っていて、「地域企業としてなにかできることはないか」と声をかけてくださって。もう願ったり叶ったりでした。私たちとしては、互いに連携を取りながら経営していること、そしてどの映画館にも個性があり、ひとつでも欠ければ立ち行かないということを伝えたい。いろんな館があることで、初めてミニシアターならではの良さが際立ってくるので、「みんなで継続しているんだよ」という意思はこの後もアピールしていきたいですね。
ーーほかの映画館や関係者の方とは、なにか話したりします?
山崎:独立単館系の映画館や公共施設、大学が加盟しているコミュニティシネマセンターの理事会・会員メンバーと、6月にZoomで総会をしました。お世話になっている馴染みの人たちの顔が見られて嬉しかったですね。一人ずつ近況を話して、「まあ大変だけど頑張ろうよ!」と(笑)。Mini-Theater AIDの支援金や、各館のクラウドファンディング、グッズ販売でひとまずはしのげたけれど、「これからだよね」という感じでした。それから、#SAVE the CINEMAの進展も。9万人を超える署名が集まって、ミニシアターが第2次補正予算の支援対象に入ったという報告がありました。申請期間や補償内容は限られているのですが、声が届いているんだなと。ゆくゆくは継続的な支援を目指そうという話が、一番身になったところです。
ーー山崎さんも登壇されたJAPAN CUTS 2020のパネルディスカッションで、働く環境下のハラスメントについて議論されていたのも印象的でした。
山崎:あれもいい場でした。もうすぐ、コミュニティシネマセンターで労働環境とハラスメントについての講座がはじまるんです(本記事の公開時点で8月21日開催の第1回は終了。以降、11月まで月1回のペースで実施予定)。アップリンク元従業員の方々が浅井隆代表をパワハラで訴えた件は、私たちにとっても他人事じゃない。原告側の弁護士である馬奈木厳太郎さんにお話しいただくことになって、本当に整備が進んでいくんだなと感じましたね。うちも小さな組織だし、スタッフの力があって成り立っています。独りよがりになってはいけないとわかっていても、そうならないとは限らない。日々自分の認識を更新していかないといけないなって。
2020年8月18日、シネ・ヌーヴォにて収録(取材:鈴木瑠理子、永江大)
山崎さんの最近気になる「〇〇」
①漫画=『カムイ伝』
どはまりして、第一部・第二部・完結編をすべて買い揃えました。取材時に上映していた内田吐夢監督の時代劇とも妙にリンク。『宮本武蔵』のような剣士や、『土』で表されたような農民の苦難が丁寧に描かれているんです。白土三平と内田吐夢がとらえる人間の平等が、すごく通じる。めちゃめちゃ新鮮でした。
②映画=『空に聞く』
「こもりん」と呼んで親しくしてもらっている映像作家・小森はるかさんの新作。監督ご自身が「シネ・ヌーヴォでやりたい」と言ってくれて、年内の上映が決定しました。東日本大震災をテーマにしているけれど、見つめ方が普遍的で、人間の本質とも言えるようなあたたかさと痛みが表れている。本当に多くの方に観てほしいです。
③動物=飼い猫のまりちゃん(8歳)とちえちゃん(1歳)
先住猫のまりちゃんと、去年友人のところで生まれたちえちゃん。女の子同士だし仲良くなるだろうと思っていたら、まりちゃんがちえちゃんを威嚇してまったく距離が縮まりませんでした。ところが、最近歩み寄りが見られて。以前まりちゃんは、寝るときにねずみのぬいぐるみをくわえて持ってくる習慣があったのですが、ちえちゃんが来てからは一回も持ってこなかった。それが先日、1年4ヶ月ぶりに持ってきたんです。日常を取り戻すのに時間がかかったんだなあと、成長を感じました。
④活動=友人たちとのグループ展
映画監督の小田香さん、バーを営む友人のゆうこちゃんと思い立って、来夏にグループ展をすることに。日常的に表現活動をしているふたりに加え、私も油絵をやっていたということで、具体的に話が進んできています。一番売り上げが低かった人は、全員にごはんをおごる(笑)。