本特集では、ドキュメンタリーとフィクションの関係やその境界について向き合いました。それは、「事実」「作為」「理解」というような言葉の定義や、それらに付随する葛藤の輪郭をなぞっていくような作業であり、あらためてドキュメンタリーとフィクションの境界というものがいかに流動的で、相互的関係にあるかを感じています。 人が食べるという行為をインタビューを通して観察・分析してきた独立人類学者の磯野真穂さんとの対談では、他者を理解することについて言葉を交わしました。また、現代フランス哲学、芸術学、映像論をフィールドに文筆業を行う福尾匠さん、同じく、映画や文芸を中心とした評論・文筆活動を行う五所純子さん、そして、劇団「ゆうめい」を主宰し、自身の体験を二次創作的に作品化する脚本&演出家・池田亮さんの寄稿では、立場の異なる三者の視点からドキュメンタリーとフィクションの地平の先になにを見るのかを言葉にしていただきました。 対岸の風景を可視化していくこと、まだ見ぬ世界を知覚すること、その先に結ばれた像が唯一絶対の真実から開放してくれることを信じて。そして、今日もわたしは石をなぞる。 小田香 Kaori Oda ー 1987年大阪生まれ。フィルムメーカー。2016年、タル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factoryを修了。第一長編作『鉱 ARAGANE』が山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波部門にて特別賞受賞。2019年、『セノーテ』がロッテルダム国際映画祭などを巡回。2020年、第1回大島渚賞受賞。2021年、第71回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。
Original Research
2021.11.30
#萩原健#COLUMN

靴を捨てよ、街へ出よう

萩原健
文: 萩原健 [会社員/印刷業]

スペシャルティコーヒー、クラフトビール、テントサウナなどなど。流行りものに飛びつきがちなミーハーサラリーマンの、唯一続いている趣味がランニング。ところが、こちらもこじらせて、おかしな方向へ手を……、いや、足を出してしまいました。

靴を捨てよ、街へ出よう
散歩をはじめた当初の足

ちょうど桜が咲きはじめた頃だった。早朝に散歩をはじめた。裸足で。

アスファルトの上は歩くだけで、いや、歩かずとも立っているだけで充分痛い。路面のすべてが足つぼマッサージ器のようだ。歩道によってはタイルのような素材だったり、端にコンクリートの部分もある。そんななるべく足に優しそうな部分を選んで、おっかなびっくり慎重に歩く。油断して小石を踏んでしまうとたまらなく痛い。

初日は、家の前の通り片道200mを行って帰ってくるので精一杯だった。2日目も同じコースを散歩するが、調子に乗ってスマホを眺めていると、躓いてしまう。素足なので、当然血が出る。足裏を慣らしつつ、なるべく優しそうな道を辿って、行動範囲を少しずつ拡大していく。なかでも横断歩道の白線は、とびきり優しい。公園へ寄ってみると、小学生の頃に裸足で遊んでいたのが信じられないくらい土の上は痛い。しかし、土の感触は慣れると次第に快感に変わっていく。今では公園は、必ず立ち寄りたいスポットになっている。

朝は通勤するサラリーマンや学生たちに出くわす。向こうも恐らく、遠目から見て対向者が裸足であることは気づいているけれど、すれ違う瞬間は、なるべく見ないようにしてくれている、気がする。そんな気遣いが有難いような、申し訳ないような気持ちにもなるが、こちらとしては、さも当然という何食わぬ顔を心がけている。そもそも、不用意に人を驚かせたり、困惑させたりはしたくはない。朝の集合住宅のエレベーターは、よく混み合う。そんなときは、静かに非常階段を使って外に出るようにしている。

最初はランニングウェアに裸足という恰好ではじめたのだが、歩くだけなので汗もかかないし、着替える必要もないことに気づく。出勤する格好で、一旦裸足のまま外へ出て散歩し、戻ってきて玄関で足を拭き、風呂場へ行って足を洗い、靴下と靴を履いて出勤するというスタイルに落ち着いた。

靴を捨てよ、街へ出よう
3ヶ月経った頃の足

散歩をはじめて3カ月、ようやく足裏がアスファルトに慣れ、およそ10kmほどであればランニングもできるようになってきた。実は10年ほど前のマラソンをはじめてすぐの頃、足底腱膜炎になった苦い思い出があり、今回は無理をしないように、かなり慎重に距離を伸ばしていった。

朝走れない日には、夕方に走る日もあった。日暮れ前であれば、何か危険なものが道路に落ちていても目視で確認できるが、その日、家の近くまで帰ってきたときには、すでに陽が落ちて薄暗かった。足裏にニュルっと丸くて柔らかいものを踏んだ感触があった。恐らく散歩中の犬の落とし物であることは間違いなかったが、あえて確認はしなかった。いつもより念入りに玄関で足を拭き、いつもより力を入れて足を洗った。

裸足散歩による体の変化は、まずランニングシューズを履いたときに感じた。淀川の河口から嵐山の渡月橋まで、往復およそ100kmをランニング仲間と走る機会があった。裸足ばかりで、シューズを履いて長めの距離を走り込むトレーニングができていなかったにも関わらず、予想以上に走れた。くたばって途中から電車に乗ることもあるかもしれないと思っていたが、裸足で歩くことで、効率的な足運びが身についたのではないかと考えられる。

さらに日常生活では、あくまで自分の場合なので一般化はできないが、腰痛に効いた。裸足で歩くと靴を履いて歩くときと歩き方が変わる。着地の仕方が、踵からではなく、つま先側の母指球のあたりから着地する。地面からの衝撃を吸収するために足裏、足首、膝、腰までの脚全体が自然と動く。一歩ずつ骨盤が動いているのを感じる。長時間デスクワークをしていると腰が固まってしまうが、散歩した日には腰まわりの筋肉が柔軟になっているようだ。

足の形状にも変化があった。もともと曲がっていた人差し指が伸び、くっついていた指と指の間に隙間ができた。内側を向いていた小指が外側を向いて、小指の爪も大きくなった。
たまにはお洒落して出掛けようと、長年大事に磨いてきた革靴に足を入れると、かなり窮屈に感じた。1日履き続けると、夕方には靴ずれして片足を引きずることになった。

靴を捨てよ、街へ出よう
ランニングシューズを履いて100km走

自分の体は自分のもののようでも、あまりよくわかっていない。それでも、散歩をはじめる前よりは、自分の体やその動きに対する感度は上がっている。体は最も身近な自然でもある。裸足で歩いて、環境に直接身体をさらすことで、変化が起きる。このよくわからない身体という未知なる自然を、より深く掘り下げてみたいと思う。

先日、初対面の方とお喋りした際、間を持たせるために「裸足で散歩してるんですよ」と言わなくていいのに、うっかり口が滑ってしまった。ところが、その方は裸足歴5年のベテランで、足の指も手のようにぐにょぐにょに動く様を見せつけられてしまった。「3カ月前から」と言うと「浅いね」と鼻で笑われてしまった。

どの世界にも上には上がいて、その世界のヒエラルキーがある。「靴界」や「マラソン界」から少しはみ出したすもりで、実は「裸足界」の最下層でしかなかったりもする。

まだ大事な靴も捨てられそうにないし、かといって、もう脱ぐものもない。

とりあえず、歩きながら考えよう。裸足で。

萩原健 / Takeshi Hagiwara

会社員/印刷業。ランニングチーム「TEAM JET」所属。水曜日は柏原市の激坂「ぶどう坂」練習会に出没。テントサウナサークル「ツンドラ浴場」でも活動中。

「はだしさんぽのススメ」https://youtu.be/LMId8IX5edk

「裸足日記」https://www.instagram.com/hadashi41/

ツンドラ浴場」https://www.instagram.com/tundrayokujo/

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