2022年7月にパリのchose communeから出版された、アーティスト・鈴木萌の写真集「SOKOHI 底翳」の発表を記念した展覧会が、緑地公園のblackbird booksにて開催される。
鈴木は東京都出身。ロンドン芸術大学などで学んだ後、日本への帰国を機に製本技術を取得し、ヴィジュアルアーティストとしての活動を開始した。写真、アーカイブ、イラスト、製本技法、インスタレーションを織り交ぜながら、障害や共同体の歴史、環境汚染、開発などにより変化する記憶や認知に関するナラティブを表現している。
2020年に発表した「底翳(SOKOHI)」は、緑内障により視力が失われていく父を記録した作品で、現在の父、そしてかつての家族写真や父の若い頃の写真を組み合わせて構成されている。東京のReminders Photography Strongholdを皮切りに、北アイルランド、シンガポール、京都、オーストラリアなどで展示された。
同時に自主出版されたアーティストブック「底翳」は、アルル国際写真祭ダミーブック賞(LUMA Recontres Dummy Book Award Arles)2021、カッセルダミーアワード(Kassel Dummy Award) 2020特別賞を受賞している。
作品ステートメント
「底翳」(そこひ)とは、底にある翳、眼球内に潜む翳、つまり何らかの眼内部の異常により視覚障害をきたす目の疾患の俗称として江戸時代から使われてきた。そのうち、緑内障にあたる言葉は「青底翳」(あおそこひ)と呼ばれた。末期には角膜が地中海のように青緑色のようになり失明するという、ヒポクラテスの記述に語源があるとの一説もある。そうした長い歴史にも関わらず、現代の視覚障害の一番多い原因疾患である緑内障の病態は、その原因や治療法にいたるまでいまだ完全な解明がされていない。16年前に緑内障の診断を受けた父の場合も、点眼薬や手術による眼圧のコントロールの甲斐無く、視野狭窄がゆっくりと、そして確実に進行している。昨日よりも少し暗い朝に起き、物を取ろうとする手は宙を泳ぐ。
父はかつて、ありとあらゆるものをノートに書き留める人だった。旅先で写真もたくさん撮った。30年以上にもわたる編集者としてのキャリアは、常に膨大な本と文字に囲まれていた。そんなかつての生き方とは裏腹に、緑内障により少しずつ視力を失いつつある今は、書くことも読むことももはやその意味をなさなくなってしまった。
視野が狭くなっていく自分の境地を、静かに淡々と受け入れているかのように見える父はその一方で、差し込んでくる光を離すまい、失うまい、と必死で病の進行に抗う一面をふとした瞬間に外に出すことがある。だが自分の周囲に壁をしっかりと築き、父が見えないものが見えて、父が見ているものを同じようには見ることができない他者からは単なる同情や共感を簡単には寄せつけない。
その壁の隙間からそっと覗くと、そこには、底に潜む翳の淵を時には頼りなく、しかし時には新しい認知を求める確かな足どりで、出たり入ったりする父の姿が見え隠れする。父の失明への旅は、まるで翳と光の間を行ったり来たりする波のように進んでいる。
会期:2022年9月7日(水)〜25日(日)
会場:blackbird books
時間:10:00~19:00
定休:月曜日、第3火曜日
問合:06-7173-9286 info@blackbirdbooks.jp
豊中市寺内2-12-1
緑地ハッピーハイツ1F