
大阪を拠点に活動しているアートハブ・TRA-TRAVELは、2021年から、公共および民間のアートオーガナイゼーションと共に企画するアーティスト・イン・レジデンス「AIRΔ」を大阪で継続的に主催している。
AIRΔ vol.15では、タイ・バンコクのBACC / Bangkok Art and Culture Centreと連携し、バンコクを拠点に活動するマルチディシプリナリー・アーティスト/デザイナー、パピモン・ロートラクンを大阪に招聘した。ロートクランの3カ月にわたる大阪での滞在制作の成果を発表する展覧会が、2025年12月13日(土)から18日(木)まで、北加賀屋のSuper Studio Kitakagayaにて開催される。
ロートラクンは、大阪に内在する〈モノづくり〉における“クリエイティビティ”、“職人技”、“イノベーション”に着目し、大阪での滞在制作を進めました。
大阪滞在中、ロートラクンは〈つくる〉という行為そのものがたどる循環について考えるようになりました。新しくなにかを生み出す行為とは、必ず素材やエネルギーを要し、ときに何かを失うこともあります。創造と破壊は常に隣り合わせで、いったん始まった創造のプロセスは止まることなく続いていきます。
本展で発表される作品は、藤田美術館に所蔵される、幾重にも重なる茶碗箱から着想を得ています。ロートラクンはその形式を再解釈し、大阪で採取した素材を混ぜた粘土を用いて、多層構造の箱を制作しました。各層には、素材の原点から環境への影響まで、創造のプロセスにおける段階が表されています。
時代ごとに受け継がれてきた〈モノづくり〉の清濁をロートラクンは静かに掬い上げます。ぜひ展覧会をご高覧ください。
(TRA-TRAVEL)

プロフィール
パピモン・ロートラクン|Papimol Lotrakul
バンコクを拠点に活動するマルチディシプリナリー・アーティスト/デザイナー。プロダクトデザインの背景を生かし、物質に宿る物語を手がかりに、形と意味の結びつきを探求している。人間性や文化的記憶、人と物のあいだに存在する見えないつながりへの関心を原動力とし、記憶がどのように素材へと結びつき、物が個人および共同体の経験を受け止める器となるのかを追究している。
本プログラムのキュレーター・柏本奈津による、パピモン・ロートラクンへのインタビュー
柏本奈津(NK):まずは アーティストとして活動を始めたきっかけを聞かせてください。
Papimol Lotrakul(PL):子どもの頃から、紙のオモチャや粘土など、手に入るもので何かを作ることが大好きでした。そこから「アイデアを形にする」ということに強く惹かれ、大学ではプロダクトデザインを専攻しました。
デザインにはユーザーの問題を解決する力があり、それはとても価値があることだと思いますが、私自身が本当に求めていた分野ではありませんでした。機能的な制約が少なく、自分の気づきや疑問をそのまま世界に投げかけられる媒体―それが私にとっての現代アートでした。それで、現代アーティストへ転向しました。
NK:バンコクでの暮らしは、制作活動にどのような影響を与えていますか?
PL:正直に言うと、バンコクでアーティストとして活動するのは大変です。タイの他の地域はもっと厳しい状況です。タイのアートエコシステムはまだ発展途上にあり、アーティストとして生活するのは困難なため、複数のスキルを身につける必要があります。
キュレーターのクリッティヤー・カーウィーウォンの言葉に「タイの現代アートシーンはサボテンのようだ。世界一乾いた砂漠で、どうやって成長しているのか不思議だ」というものがあります。この言葉はタイのアーティストたちをとてもよく表していると思います。限られた環境の中で育ったからこそ、とても強くなれたました。でも、その強さは諸刃の剣でもあります。
次の世代が、私たちほど苦労せずに創作に向き合えるように土壌が改善されることを、心から願っています。

NK:今回の展覧会は「創造」「廃材」「歴史」をテーマにしています。これらの着想は大阪での滞在中にどのように生まれたのでしょうか?
PL:おそらく、私が北加賀屋に滞在していることが大きく影響していると思います。北加賀屋は、古い工場と、そこに住むアーティストたちの新しいエネルギーが共存している特別な場所です。
リサーチを進める中で、大阪は世界を変えた多くの発明の発祥地であることを知り、とても驚きました。コンパクトな都市の中に、これほど豊かな創造の歴史があるのは、本当に興味深いです。
大阪万博のことも調べました。外から見ると「驚くべき革新」に見える一方で、土地に暮らす人々にはまた別の感覚があるのだろうと思います。そういった経緯から、「私たちは何を犠牲にして創造しているのか?」という問いを強く持つようになりました。
かつて大阪は「煙の都」と呼ばれていたと知り、何もないところからモノは生まれないのだ、と改めて思いました。創造には必ず影がある。だからこそ、未来へ何を残すのか、その選択にもっと意識的であるべきだと感じました。革新だけでなく、失われてしまうかもしれない資源にも向き合わなければなりません。
NK:大阪滞在で最も興味深かったこと、刺激的だったことは何ですか?逆に難しかったことは?
PL:アーティストやクリエイターとつながれることです。
SSKでの滞在では他のアーティストたちとスタジオを共有し、お互いの制作について知ることができます。オープンスタジオやポートフォリオレビューなどの場では、作品の背景や考え方を深く知ることができ、とても刺激的でした。
制作を共にする時間の中で、作品の裏にいる「その人自身」が見えてくる。それは私にとって、とても大きなインスピレーションになっています。
難しかった点としては、言語の壁です。お互いに関わりたいという気持ちはあっても、言葉がうまく届かない瞬間がどうしてもあります。自由にコミュニケーションがとれれば、共有できることはもっとたくさんあるのにと感じました。
また、制作のための素材集めも難しかったです。タイであれば、どの店に行けば最適な材料があるかすぐにわかるのですが、慣れない環境なので、どこで良いものが手に入るのかを探すところから始めたため、時間がかかりました。

NK: 大阪での経験を三つの言葉で表すとしたら? その理由も教えてください。
PL:Learning(学ぶ)/Discovering(発見する)/Making(つくる) の三つです。
Learning(学ぶ)
大阪の生活は故郷とはすべてが違っていて、毎日小さな文化の違いや新しい感覚を学んでいます。
Discovering(発見する)
リサーチの過程や博物館で学んだことも多いですが、最も重要な理解は「人」から得ています。大阪に暮らす人たちの話を聞くことで、この街が持つ物語を知ることができ、自分では気づけない視点を教えてもらいました。
Making(つくる)
学びと発見から得たものを、最終的に作品として形にしていくプロセスがあります。つくるという行為を通して、過去にこの街でものづくりをしてきた人々とのつながりを感じられるました。創造の本質を知ることで、創り手そのものをより深く理解できると思っています。
NK: ありがとうございました。最後に、バンコクに戻ったらまず最初にしたいことは何ですか?
PL:タイ料理を食べることです!そのあとは、少し休みたいです。長い旅だったので、何もせずに過ごし、これまでの出来事をゆっくり振り返る時間を持ちたいと思っています。
そして年末なので、家族や友人たちと一緒に、一年間の頑張りを労い合いたいです。
AIRΔ vol.15 パピモン・ロートラクン「To Create Is To Pass On」
会期:2025年12月13日(土)〜18日(木)
会場:Super Studio Kitakagaya 1階 ギャラリー
時間:14:00〜19:00
料金:入場無料
トークイベント「人が創るものと考古学的な想像力」
日時:12月14日(日)18:00〜19:30
会場:Super Studio Kitakagaya 1階 ギャラリー
料金:参加無料
ゲスト:安芸早穂子
通訳者:和田太洋主催:TRA-TRAVEL
協力:BACC、おおさか創造千島財団
助成:大阪市、芳泉文化財団
キュレーター:柏本奈津
大阪市住之江区北加賀屋 5-4-64



