
インドネシア・東ジャカルタを拠点に活動する画家/ZINE作家のハイ・ルンブランが、日本での初個展「neng and the wind」を、肥後橋のCalo Bookshop & Cafeにて開催。
ペインティング、陶器、リサイクルテキスタイルなどの作品と、自作のZINEを披露する。
Neng and the Wind
九月、雨季が始まる。いくつもの花木が、その花びらを空へ、地面へ、アスファルトへ、肺の中へと飛ばし始める。
母の家とジャティヌガラの古い家を行き来する合間、私は、もう昔どおりとはいえない故郷と植物園に立ち寄って、ひとり座り込んだ。今年は、地上にすべての悲しみが現れる年だった。けれども今年はなぜか、通り道に生えているカポックの木に、より深く目を向けるようになった。花が咲き、綿毛がはじけて風に吹かれ、花殻が枝にぶら下がる。やがてその綿毛は地面や、アスファルトや、道路脇の草むらに、そして肺の中にも見つかるようになった。
人間関係を消化しがたいとき、私は周囲に残された木々をよく見つめる。故郷に戻って子ども時代をテーマにしたZineを仕上げようとしたときは、墓地の前の礼拝所に咲くバンガール(百日紅)の木に出会った。小雨が降り、私は寒さに震えながら、十一歳の頃を思い出した。「ネン(Neng)」とは、スンダでは小さな女の子の愛称だ。皆が私を「ネン」と呼んでいたけれど、さすがに二十歳ぐらいになると呼ばれなくなった。ただし、父と祖母だけは別だ。
曇っていて木々を見つめたくなるようなとき、私は自分自身に「ネン、」と語りかける。「ネン、今日はどんな気持ち?」 「ネン、大丈夫だよ」といった塩梅で。そのたびに、どこか甘やかな空気と慈しみの感覚が湧き上がる。
喘息の出た私を背負った父が「ネン、お医者さんに行こう」と言ったときのように。川で泳ぎながら、幼馴染に「ネン!」と呼ばれたときのように。遊んでいた私を、祖母が、豆腐のぺぺス(蒸し物)と長豆の昼餉に呼んだときのように。わたしがこの小さな集落で暮らす、知りたがりやの女の子だった頃のように。「ネン」という呼び名が、風と同じように自然に受けとめられていた頃のように。ネンの物語と、ある日本人の女性ーー肺の中に生まれ、あの頃のネンが吸い込んだ風のための場所を与えてくれた人ーーとの出会いは、偶然ではなかった。
その場所に存在するのは、曾祖母の庭に落ちるスターフルーツ、私が「カシ(Kasih)」と名付けたマジカルな猫、観音菩薩、ファティマの聖母、人魚とウピット・サリマナ、スバン2000の恵み、ネンの夢、ブラン(=わたし)の恐れ、すべてを軽やかに、喜びとともに受け入れてくれる慈しみに満ちた風。そして、「いろいろあったけど、わたしたちはまだここにいて、もう一度生きていくんだね」と語り合うネンとブラン。
–
hai rembulan(ハイ・ルンブラン)
2013年から独学のアーティストとして活動をスタート。作品は「夢と日常生活の器」として表現されることが多く、女性やクィアの経験に関連するテーマ(月経、PMS、セクシュアリティなど)を中心に探求している。さらに、人間と自然の関係、農業問題、土地闘争、精神性、祖先、ノスタルジア、子供時代の物語といったテーマにも焦点を当てる。
2021年には、Kongsi 8(コンシ ドゥラパン)の共同発起人として活動を開始。南ジャカルタ以外の地域にアートスペースが不足している状況を受け、自身が育った東ジャカルタ・ジャティヌガラにスタジオ兼展示スペースをオープン。若年やマイノリティのアーティストにプラットフォームを提供し、友人たちと共にKongsi 8の空間を育てている。ZINEワークショップやアーティストトーク、アクティビズムのファシリテーターとしての活動も展開中。
“neng and the wind” a solo exhibition by hai rembulan
会期:2025年11月4日(火)~29日(土)
会場:Calo Bookshop & Cafe
時間:12:00~19:00、土曜~18:00 ※11月5日(水)と最終日は〜17:00
定休:日・月曜 ※11月24日(月・祝)は12:00~18:00営業
料金:入場無料
関連企画
トークセッション「オルタナティブスペース持続へのチャレンジ インドネシア・ジャカルタ Kongsi 8の実践から」
ハイ・ルンブランさん、ヒラル・アブ・ザルさんを迎えて
日時:11月5日(水)19:00~20:30
会場:Calo Bookshop & Cafe
※詳細はこちら
大阪市西区江戸堀1-8-24
若狭ビル5F

 
            

