本特集では、ドキュメンタリーとフィクションの関係やその境界について向き合いました。それは、「事実」「作為」「理解」というような言葉の定義や、それらに付随する葛藤の輪郭をなぞっていくような作業であり、あらためてドキュメンタリーとフィクションの境界というものがいかに流動的で、相互的関係にあるかを感じています。 人が食べるという行為をインタビューを通して観察・分析してきた独立人類学者の磯野真穂さんとの対談では、他者を理解することについて言葉を交わしました。また、現代フランス哲学、芸術学、映像論をフィールドに文筆業を行う福尾匠さん、同じく、映画や文芸を中心とした評論・文筆活動を行う五所純子さん、そして、劇団「ゆうめい」を主宰し、自身の体験を二次創作的に作品化する脚本&演出家・池田亮さんの寄稿では、立場の異なる三者の視点からドキュメンタリーとフィクションの地平の先になにを見るのかを言葉にしていただきました。 対岸の風景を可視化していくこと、まだ見ぬ世界を知覚すること、その先に結ばれた像が唯一絶対の真実から開放してくれることを信じて。そして、今日もわたしは石をなぞる。 小田香 Kaori Oda ー 1987年大阪生まれ。フィルムメーカー。2016年、タル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factoryを修了。第一長編作『鉱 ARAGANE』が山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波部門にて特別賞受賞。2019年、『セノーテ』がロッテルダム国際映画祭などを巡回。2020年、第1回大島渚賞受賞。2021年、第71回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。
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2022.05.23
#タラウマラ#汽水空港#ART#BOOK#OTHER#AFTERWORDS

AFTERWORDS|
小さなまちで商うふたりの往復書簡

文: 太田明日香[編集者]

大阪の下町・淡路で自転車屋・タラウマラを営む土井政司さん、鳥取の温泉街・湯梨浜町でセルフビルドの本屋・汽水空港とターミナル2(食える公園)を営むモリテツヤさん。ふたりに、「信じるに値する価値観を地べたからつくるには?」という問いかけを渡し、はじまった往復書簡(第1便はこちら)。

計6回の書簡(メール)を終え、編集者として伴走した太田明日香さんがあとがきを書きました。

AFTERWORDS|小さなまちで商うふたりの往復書簡

汽水空港は行ったことがあるけど、タラウマラには行ったことがないので、先日訪ねていった。

淡路本町商店街を西へ、そこから少し逸れた公園の前にある店は6畳くらい。写真で見たより心持ち小さく感じるが、なかに入ると棚には文庫本やカセットテープやレコードがみっちり詰まった棚。なかにいる人に声をかけると、男の人が掃除の手を止めて振り返って挨拶してくれた。茶色い瞳の色が印象的だ。土井さんの第1便に出てきたマリヲさんだった。強面の人を想像していたけど、ニコニコして、物腰の柔らかい人だ。

しばらくマリヲさんと話していると、「よっ」と慣れた調子で男の人が入ってきた。ジョガーパンツに上はパーカー。ポケットからはいかり豆がはみ出ている。マリヲさんがそれを伝えると、「これ、お土産、あげる」と。近くのスーパーで大量に買うからうちにたくさんあるんだと、何気ない調子でマリヲさんに差し出す。

ふたりの様子を眺めていると、お客さんに「音楽は聴くんですか」と聞かれた。この間ここで買ったUG Noodleが良かったと教えてくれた。残念ながら店に在庫はなく、男の人が買ったのが最後の1枚だったようだ。第5便で登場したタラウマラの季刊ZINE『FACE TIME』が気になっていたので買ったら、マリヲさんはありったけのステッカーも一緒に袋に入れてくれる。ちょうど自分のZINEがあったので渡すと、第5便で登場したマリヲさんの『RA・SI・SA』と交換してくれた。

この店はなんて“generous”なんだろう。マリヲさんやお客さんの姿から自然とそんな気持ちが浮かんできた。土井さんには会えなかったけど、10年近く土井さんが淡路に根を下ろし、毎日お客さんを待ち続け、マリヲさんとふたりで何をしてきたのか、店とマリヲさんとお客さんが教えてくれたような気がした。

 

“generous”は英語で、「寛大さ」とか「気前の良さ」という意味の言葉だ。タラウマラで買ったものよりも大きな何かを受け取った気持ちになって、何か自分も差し出したくなった。だからこんな言葉が浮かんできたんだろう。

ときどきこんな気持ちになる店に出会うことがある。汽水空港もそうだ。

モリさんのことを初めて知ったのは、10年前、モリさんが主人公のドキュメンタリー映画『BOOKSTORE~移住編~』(中森圭二郎監督、2013年)の上映会でだ。それから付かず離れずの距離でモリさんの活動を見ていた。実際に店に行けたのは、オープンからずいぶん経った2019年、女友だち3人と展示をやったときだ。絵、小説、散文と、それぞれこれまでやったことのない表現方法で作品をつくって展示をした。私は詩を書いた。

展示の初日にメンバーみんなとモリさんの5人でトークショーを開いた。自分が演者で、本来だったら自分が人に与える側にいるはずなのに、受け手と送り手という枠を超えて、その場にいる人たちでとてもあたたかで大切なものを気前よく分け合ったような夜だった。いろんな人と火を囲んで話し合ったような、身体が芯まであたたかな気持ちになれた。

しかし、商いをやっていると“generous”ではいられなくなる。私もフリーランスで、毎年確定申告のたび自分の収入と経費と税金を直視させられ、そのたびに、“generous”とはかけ離れた気持ちを抱く。「もっと稼がないと」「あんなにやってこれだけ」「○桁代稼ぐライターや編集者もいるというのに自分は……」。

モリさんと土井さんだってそんな金勘定と無縁ではないはずだ。それでもふたりはこう言う。

「自分という人間の日々の収支さえ管理できていれば、自営業は決してハードルの高いものではない」そして、「日々を繰り返すことが何よりも重要で、タラウマラのシャッターを毎日開けることができれば、誰かにとってのアジールになりうる」(土井さん第5便

「金の、できるだけ気持ちのいい稼ぎ方をしたい。気持ちのいい使い方をしたい。なおかつ隣で生きている人も貧困に喘がない状況を保ちたい」(森さん第6便

 

私は誤解していた。お金があるから“generous”になれるんじゃない。ふたりにとって“generous”であることは、お金のあるなしにかかわらず揺るぎのない、どう生きるかという態度だ。そしてその態度は商いともつながっている。ふたりにとって商いとは、自分を生かすだけでなく誰かを生かすものでもあるのだ。

こんな“generous”で誰かの希望になるような人や場に出会うと、仰ぎ見てこの世界を救ってくれるヒーローや聖地だと奉り上げたくなることがある。だけど、ふたりが言っているのはそういうことではない。“generous”な場を自分の手でつくれるし、それを維持していくことはひとりではできないということだ。そして、そのような場があることで、社会に“generous”さが担保される。つまり、わたしたち一人ひとりがその担い手なのだ。

DIALOGUE|小さなまちで商うふたりの往復書簡:土井政司(タラウマラ)×モリテツヤ(汽水空港)

第1便 まちに門戸をひらくということ

第2便 本屋の必要性が浮かび上がるとき

第3便 私にとっての信仰とは

第4便 言葉と出会う

第5便 小さなアジールをめざして

第6便 人生を味わうために

太田明日香 / Asuka Ota

1982年兵庫県淡路島生まれ。作家、ライター。 いくつかの出版社に勤めたのち、書籍を中心に関西で仕事をする。著書に『愛と家事』(創元社、2018年)。現在、『仕事文脈』(タバブックス)で「35歳からのハローワーク」を連載中。

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