大阪の下町・淡路で自転車屋・タラウマラを営む土井政司さん、鳥取の温泉街・湯梨浜町でセルフビルドの本屋・汽水空港とターミナル2(食える公園)を営むモリテツヤさん。ふたりは、「経済をまわせ」という掛け声の大きいこの時代に、人間らしい暮らしのあり方を模索し、自分の信じたものを商い、生活の活計を得ています。「信じるに値する価値観を地べたからつくるには?」という問いを投げかけてはじまった本往復書簡。ふたりのやりとりは、どのような思索へとつながっていくのでしょうか。
第5便は土井さん。第4便でのモリさんとぐっさんの出会いのような、忘れられない人について語ります。
小さなアジールをめざして
早くも最後のターンとなり、少し寂しくもありますが、前回のモリさんの返信も大変興味深く拝読させていただきました。ぐっさんは最高にかっこいい人ですね。ひたすらに自分の足裏の感覚を信じている人という印象を受け、それはまさにタラウマラ族の精神とも通じるものがあるように感じました。私も昨年ぐっさんのような人物に出会いました。
20年前から大阪淀川河川敷の掘立小屋に暮らす“さどヤン”です。さどヤンは目の前の川で蜆を採ったり、ハゼを釣ったり、時には街に出て、アルミ缶集めや清掃の仕事をして生活しています。基本的に必要なものはすべて自分でつくる。掘立小屋にはさどヤンが生きていく上で必要なものはなんでも揃っていますが、余計なものは何もありませんでした。『淀川アジール さどヤンの生活と意見』というドキュメンタリー映画でさどヤンの存在を知った私は、居ても立っても居られなくなって相方のマリヲと一緒に淀川の河川敷を目指しました。そしてさどヤンから直接たくさんの話を聞かせてもらいました。
映画のなかでも語られていましたが、さどヤンは私たちに「人間の仕事は生きることや」という言葉を繰り返していました。さどヤンは自分が生きていく上で必要な金銭や食糧や人間関係をきっちりと把握していて、それさえわかっていればどんな環境でも自分らしく暮らしていくことができると教えてくれました。そんなさどヤンとのやりとりの断片はマリヲの音楽作品『RA・SI・SA』の1曲目「Asyl」に収録されています。この曲のなかでは私とさどヤンの噛み合わない会話の一部が聴けるのですが、その噛み合わなさは目線の違いから生じるものだと感じています。
今も俗世間に生きる私には、まだまだ彼のように達観した境地にはたどり着けない。そのズレが生々しくて、一聴して私は自分の目指すべき方向が以前よりもクリアになったような気がしました。そして電卓を弾いて自分という人間にかかる経費を試算しました。私が年間通して国に収める社会保険料や税金、食費などを365日で割り出し(生命活動維持費)、加えてタラウマラの年間店舗経費を同じく日割り計算で割り出す(店舗維持費)。生命活動維持費に店舗維持費を加えたものが、私という人間が一日を生きるのに必要な金銭であることがわかりました。
もちろん具体的な数字を毎年アップデートして、今もきちんと把握しています。その分の経費を稼ぎさえすれば、とりあえず店は継続していけることがはっきりしているので、足りなければほかのバイトをして補填すればいいだけのことです。今はUber Eatsなんていう便利なシステムも構築されているので、よほどのことがなければ食いっぱぐれることはないでしょう。要するに自分という人間の日々の収支さえ管理できていれば、自営業は決してハードルの高いものではないと思っています。
まぁ、どうしようもないときが来たら、そのときに必死に考えます。とにかく、作家の保坂和志が「私は小説はとにかく作品ではなく日々だ」と書いていましたが、日々を繰り返すことが何よりも重要で、タラウマラのシャッターを毎日開けることができれば、誰かにとってのアジールになりうるのではないかと自負しています。それはいつまでも寄りかかるための避難所ではなく、しばしの休息を経て新たに飛び立つための補給ポイントです。
非接触型のコミュニケーションが当たり前になった世の中ですが、タラウマラ周辺ではたくさんの子どもや若者たちが人と触れ合う機会を求めています。私たちは日々、そのことを実感し、自転車業務の傍ら、彼らの話を聞き、その内容を咀嚼した上で保護者をはじめ、保育園や学校といった教育機関、時に警察などにまで相談を持ちかけ、話し合いの機会を設けたりしています。私は手の届く範囲の身近なことを疎かにしたくないのです。
そしてタラウマラでは昨年から『FACETIME』という季刊ZINEを発行しています。プロの作家や音楽家、レーベルオーナー、OL、主婦、詩人、カメラマン、住職、小学生たちが各々の言葉だけで各自の「顔貌」を浮かび上がらせるという試みです。言葉によって思考するということは、世の中の見え方を変えていくための鍛錬そのものだと思うので、今後もやり方をいろいろと模索しつつ、つくり続けていきたいと思っています。いずれはぜひともモリさんにも参加していただきたいのです。
このたびは、とても有意義な時間をありがとうございました。いつか必ず汽水空港に遊びに行きます。その日までお元気で!
DIALOGUE|小さなまちで商うふたりの往復書簡:土井政司(タラウマラ)×モリテツヤ(汽水空港)
第1便 まちに門戸をひらくということ
第2便 本屋の必要性が浮かび上がるとき
第3便 私にとっての信仰とは
第4便 言葉と出会う
第5便 小さなアジールをめざして
第6便 人生を味わうために
土井政司 / Masashi Doi
1980年大阪府生まれ。タラウマラ店主。
DJ PATSAT 名義で文筆。
季刊zine『FACETIME』企画・編集。
2020『DJ PATSATの日記』を上梓。
2022『DJ PATSATの日記vol.2』リリース予定。