かつて「万国博美術館」を大阪府立の現代美術館として活用しようとする動きがあった。具体美術協会のリーダー吉原治良が初代会長となって牽引したものの、府立での美術館は実現せず、国に陳情した上で「国立国際美術館」として開館することとなる。大阪は日本第二の都市でありながら、「鹿児島県とともに全国都道府県で県立クラスの本格的美術館のない、ほぼ唯一の自治体」という状況が長く続くこととなった【1】。
大阪における芸術の不遇については、かねてより指摘されている。大正から昭和初期にかけて活躍した洋画家の小出楢重は、「陽気過ぎる大阪」と題したエッセイで「学術、文芸、芸術とかいう類の多少憂鬱な仕事をやろうとするものにとっては、大阪はあまりに周囲がのんきすぎ、明る過ぎ、簡単であり、陽気過ぎるようでもある」と嘆いている【2】。
土蔵の古びた壁面にGUTAI PINACOTHECAのシャープな切り抜き文字が浮かぶ。今から60年前の1962年に大阪で設立された具体美術協会(通称:具体)の発表拠点、グタイピナコテカの外観である。内部にはモダンな空間が広がり、1970年の閉館まで活発に展示が行われた。
世界的に知られている大阪発の前衛運動グループの具体だが、彼らが発表のための空間を持っていたということ自体、さほど知られていないのではないだろうか。そもそも具体は、吉原治良の「人の真似をするな、今までにないものをつくれ」という言葉とともに、村上三郎の紙破りや白髪一雄の泥にまみれるパフォーマンスなど、お祭りじみた「破天荒な前衛」といったイメージが根強く、持続的にスペースを構えるということ自体、似つかわしくないと感じられたとしても不思議ではない。
精油会社の社長でもあった吉原が所有していた土蔵の内部を展示空間として改装したグタイピナコテカでは、白髪一雄や田中敦子、山崎つる子といった具体のメンバーによる個展を多く開催すると同時に、ジョルジュ・マチウやサム・フランシス、ルチオ・フォンタナら海外作家の紹介も積極的に行った。吉原は、大阪に本格的な現代美術館ができる日まではスペースを存続させなくてはならないという使命感を持ち、公的な施設に乏しい大阪の芸術において、国内外を巻き込んだ拠点となることを目指したのである【3】。
海外からのゲストも多く訪れている。施設の名づけ親であるアンフォルメル運動の牽引者ミシェル・タピエを筆頭に、ペギー・グッゲンハイム、ジョン・ケージ、ジャスパー・ジョーンズ、イサム・ノグチなど錚々たる顔ぶれがこの地に足を運んでおり、私設のスペースながら国際的にも非常に求心力のある場となっていたことがうかがわれる。
立ち上げの際の勢いだけではない、スペースを持続させていくためのアイデアにも工夫が感じられる。オープン時には通常会員と特別会員からなる「友の会」を設立し、さまざまな特典を用意しながら会費を運営資金に充てている。ロゴには吉原治良の代表的イメージとなった円形をひと捻りしたGの文字があしらわれ、小洒落た案内や会員証までつくられるなど、「破天荒な前衛」という既存のイメージとは到底似つかわしくない趣向が凝らされている。
「ええ」「あかん」―吉原は作品を見せる若い表現者に対して、この簡潔な大阪弁で評価したと伝えられる。若いメンバーに強烈な個性を競わせる一方で、芸術を持続していくための丹念なインフラづくりを行うこと【4】。こうした吉原の姿勢には、一過性の祭りで陽気に盛り上がるだけではない、芸術不遇の地において持続的な活動を育んでいくためのヒントを見出すことができるのではないだろうか。
2022年2月、かつてグタイピナコテカが位置していた中之島に「大阪中之島美術館」が開館した。1982年に大阪市が美術館構想を発表して以来、40年という長い準備期間を経ての、ようやくのオープンである。特徴的なブラック・キューブの外観に加えて、展示室内にはグタイピナコテカを参照した黒い空間が用意されている。吉原治良はここから、生まれくる大阪の芸術に「ええ」「あかん」と檄を飛ばし続けるだろう。
【1】橋爪節也、加藤瑞穂編著『戦後大阪のアヴァンギャルド芸術―焼け跡から万博前夜まで―』 大阪大学出版会、2013年、p.50
【2】『小出楢重随筆集』 芳賀徹編、岩波文庫、1987年、p.242
【3】グタイピナコテカでの活動に関しては主に次を参照。加藤瑞穂「グタイピナコテカ―吉原治良の「傑作」としての具体美術館 その意義と課題」『戦後大阪のアヴァンギャルド芸術』前掲書、pp.70-79
【4】この両義的な姿勢は、吉原治良の代表作の円を描いたシリーズにも通じている。書のような即興性によって一筆書きされているかに見える円を、吉原は緻密に構築したことで知られている
池田剛介 / Kosuke Ikeda
1980年福岡県生まれ。美術作家、京都教育大学非常勤講師。メディウムを横断する作品を制作し、並行して批評誌などでの執筆を手がける。主な展覧会に「「新しい成長」の提起 ポストコロナ社会を創造するアーツプロジェクト」(東京藝術大学大学美術館、東京、2021年)など。
大阪・関西万博の開催を前に、2025年以降の世界を想像し、自分たちの足元から暮らしを考えるメディア。イギリスの社会人類学者 ティム・インゴルド氏のインタビューや、大阪・関西を拠点に活動する研究者、クリエイターによるコラムを掲載。
監修は、デザイン視点から大阪・関西万博で実装すべき未来社会の姿を検討する試みとして2021年12月に発足した「Expo Outcome Design Committee」が務め、デザイン・編集には大阪・関西を拠点に活動するさまざまなつくり手が名を連ねている。
タブロイド版は全国各地の美術館や書店などで配布されており(配布先はマップ参照)、Web版も公開中。
発行日:2022年3月31日
発行元:公益社団法人2025年日本国際博覧会協会
監修:Expo Outcome Design Committee(原田祐馬・齋藤精一・内田友紀)
企画:原田祐馬
共同企画・編集:多田智美・永江大・羽生千晶(MUESUM)+白井瞭(MOMENT)
デザイン・印刷設計:芝野健太+松見拓也
INTERVIEW編集協力:井上絵梨香(MOMENT)
VOICE編集協力:竹内厚
COLUMNイラストレーション:權田直博
印刷・製本:株式会社ライブアートブックス