2022年、大阪・淡路のタラウマラ店主・土井政司さん、鳥取の温泉街・湯梨浜町の本屋・汽水空港を営むモリテツヤさんの間ではじまった往復書簡が、このたび再始動しました。「経済をまわせ」という掛け声の大きな(さらに加速していったような)この時代に、ふたりは人間らしい暮らしのあり方を模索し、自分の信じたものを商い、生活の活計を得ています。「信じるに値する価値観を地べたからつくるには?」という問いを投げかけてはじまった本往復書簡。このやりとりは、どのような思索をもたらすのでしょうか。
昨秋のKITAKAGAYA FLEAでモリさんが土井さんへ放った一言、その真意を言葉にする第8便。
DIYの延長線上にある「政治」
土井さま、こんにちは! 最終便が4年前だったんですね。4年前はちょっと前のような気がしますが、遥か昔のようにも感じます。記憶が朧げです。タラウマラに行ったのは3年前の夏だったような気がします。マリヲさんが店番をしていました。訪れた常連さんと思わしき方はビニール袋いっぱいに缶ビールを持ってきていて、それをマリヲさんに渡すと、まっすぐに店内の冷蔵庫のなかに仕舞われていきました。あ、その前に僕の元へと1缶手渡されました。リアルワールドで初めましての乾杯をしました。その後も近隣の人がひっきりなしにやってきて、タラウマラ劇場を観たように感じたのを覚えています。確かそのとき、店内にあった梅棹忠夫の『文明の生態史観』を買わせてもらいました。まだ読めてません。マリヲさんは「これむっちゃ面白かったですよ!」と言っていて、チャリ屋だけど本屋のようなお店だと思いました。
旧タラウマラを閉店するお知らせをInstagramで見たとき、僕は土井さんは作家になるのかもしれないと思いました。そしたら本屋としてタラウマラが転生しましたね。本屋であり作家であり、という姿が今から目に浮かびます。新生タラウマラになってからの本の紹介も読んでいます。一冊に懸ける熱量と文字量、速度にびびっています。本屋としてこんなふうになれたらいいなと素直に思います。BAR水車の上村さんは、僕のなかでは棍棒の人になっています。大宇陀をアジトにする「全日本棍棒協会」の重要人物として、あちこちのマルシェの棍棒ブースで棍棒を握っている姿を見かけます。肝心のBARにはまだ行けていません。BAR店主で、大工で、棍棒の人。また今年も大阪のASIA BOOK MARKETで会えたら嬉しいです。マノ製作所という印刷屋さんがあるんですね。今調べました。Instagramの投稿に「種+苗の交換会」とあって、参加してみたいと思いました。ロゴは閉じようとする本を力の限り開け放ち、本を世へ解き放とうとしている図に見えるし、ペンチの先を凄まじい気合を込めて締めまくり、その運動エネルギーが火花になっているようにも見えます。肉体的な力を凄く感じます。
去年の秋に初めてお会いしましたね! やっと会えた!って感じでした。ただ本を読んでいる姿にそんなことを見出してくれるとは(笑)。僕にとって出店は、出店という理由をこじつけた旅行なのでむしろ普段よりリラックスしているのかもしれません。大体出店は遠方になってしまうので、いろいろ含めると利益など出るわけもなく、旅費がちょっと浮いたらいいなくらいの気持ちで出店しています。
今、議員になって1年3カ月が経ちます。実は5年前も議員になってみたいと思って、立候補するかしまいか考えていました。そのときは見送りましたが、やはり議員になって動いてみたいという気持ちがずっとあって、去年立候補しました。僕は土井さんにそんなこと言ってたんですね。マジで?!と自分にびびってます。おそらく、伝えたかったのは「定められたノルマは特にない」ってことだったのかなと思います。あとは立候補するにあたっての費用の少なさ辺りかなと。「土井さんも議員になってみて欲しい」というのは本当にそう思います。
noteでも公開してますが、議員として絶対に参加しなければいけない会議(定例会)は、3月、6月、9月、12月にあります。そして会議が開かれる日数はそれぞれの月で10日間ほど。ということで、絶対参加の実働日数としては年間40日ほどです。立候補したときの費用も実質3万円くらいでした。供託金として15万円を町に一旦預けましたが、それは選挙後に返ってきました。これらをひっくるめて「イージー」と言ったのかもしれないです。実際の仕事はというと、やっぱり全然イージーではありません。
自分が議員になった理由はいろいろありますが、ひとつは「自分が大事だと思うこと」を町に伝えたいと思ったからです。15年前に千葉から単身鳥取へ移り住み、にっちもさっちもいかない時期も味わい、田畑をしたり家を建てたり直したり自営業をしたりするなかで感じてきたこと、この角度から見えてること、重要だと思うことを伝えたいし働きかけたいと思って議員になりました。
今やっていることのひとつは、汽水空港の最寄り駅の駅舎の活動です。JRは地方の無人駅になった駅舎を、維持費を抑えるべくシンプル化していくという動きをしています。どれだけシンプルな駅舎になってしまうのかはまだわかりません。駅舎を解体してシンプルなものを新築するというのもあるかもしれませんが、今の状態で町に譲渡するということもあり得ます。どうなるのかはわかりませんが、もったいないことにならないように、ワークショップを企画するなどしてあらゆる可能性や声を引き出し、その可能性と声をすべて判断材料として並べて、JRと行政と町民とで駅舎をどうしようか一緒に考えるテーブルをつくる、という活動をしています。
個人として駅舎に対して抱く課題や希望、企業の考え、町としての立場などが交差するので、当然のようにスムーズにはいきません。時々怒られたりもします(笑)。
個人としての希望、自分に見えている角度としては、駅の近くで汽水空港を続けてきて、電車で遠方からこの町にやってくる人々にもかなり支えられているという実感があるし、車を持っていない地元民や免許をとれない学生にとっても駅舎は重要だし、外からやってくる旅人と地元の人が交差する場所としていろいろな可能性が潜んでいるはずだと思ってます。汽水空港の徒歩圏内には友人たちが運営するゲストハウスや映画館などもあります。「公共交通機関でこの町に来ることができる」というのは、自分の視点からこの町を見たときかなり大切な要素ですが、そのことを町はあまり把握できていないように感じています。駅周辺の個人店が全国から人を呼んでいることや、さまざまなミュージシャンや作家が訪れ表現することで、よきものが日々生まれていることももっと知ってもらいたい。
例えば、駅舎に近隣の店のショップカードやイベントのチラシを置くだけでも、点と点をつなぐような場所にできる可能性もあるはずです。駅のすぐそばでレンタサイクル事業を町がやっているけれど、そのことがあまり知られていないから、レンタサイクル事業は駅舎でやったほうがいいんじゃないかとか、駅舎を建て替えたりしなくても、今の状態のまま工夫することで人と人、情報がうまく接続できる、町にとってナイスな場所にできるんじゃないかみたいなことを、ちゃんと町に届けたい、判断する時の要素としてこの視点も疎かにしないで欲しいと思って、協議のテーブルにJRと行政だけじゃなくて町民も混ぜて欲しいと要望したりしてます。要望はなかなかすんなりとは通りませんが。で、なぜすんなりいかないかというと、僕の主観だと「なるべく決定プロセスを閉じたい」という意識があるからだと感じています。話し合いの場に関わる人が増えれば増えるほど、異なる意見が生まれて、方針を決定することが難しくなるのではないかとか、町民VS行政のような構図になって衝突が起きるのではないかとか(あくまでも僕の主観ですが)。
僕のやりたいことは、これまで知らないうちに自動的に決まっていったり変わってしまっていた町の風景とか仕組みの決定プロセスを開いていって、町に暮らしている人が自分の町をつくるということに関わっていけるテーブルをつくることです。衝突を生みたいわけではなく、個人の視点や願望も判断材料としてテーブルに広げる、行政の事情もそこに広げる、企業の望みも洗いざらいテーブルに広げる、そのうえで、一番良い落としどころがどこなのかを探る。そしてそのテーブルに望めば町民は座ることができる。ということが、あらゆる場面で足りてないのではないか。そう思って議員になっているわけでぇ、あります。こんにちは、モリテツヤ、モリテツヤでぇ、ございます。

これまでの自分の人生は、①作物のつくりかたを学ぶ(食)→②建築物のつくりかたを学ぶ(住)→③自営業の仕事(経済)のつくりかたを学ぶ→④暮らす人の相互作用でまちが変化していくことを学ぶ(生態系)というつながり方をしてきて、それで今は⑤テーブルのつくりかたを学ぶ(政治)ということをやっているんだと思います。DIYの延長上に「政治」が見えてきたって感じです。食べ物も家も専門家がつくるもので、そのつくりかたはよくわからないし、お金と交換するしかないというのが現代社会に生まれた人々の状況だったと思います。お金を得る仕事も、自分で仕事をつくるというよりも、どの企業に所属するのか選択をすることがお金を得るってことになっていたように感じます。そして政治は、「選挙に行く」ということが政治になっていたのではないでしょうか。でも、本来の「政治」は選挙に行くことではなくて、「いろいろな人と暮らしをつくる」ことだと思います。その手段のひとつに、自分自身が議員になってみるということも、当たり前の選択肢になったほうがいいと思うのです。
例えば、僕の暮らしている湯梨浜町の議員の数は12人ですが、これは12通りの目の角度があるということです。その角度のひとつに、謎の野良犬モリテツヤの視点が前回の選挙結果によって加えられることになりました。それが吉と出るか凶と出るかはこれからの自分の動き次第ですが。
議員の任期は4年間なので、僕の任期は残り3年です。2期目をやるかどうかはまだわかりません。あらゆる人が入れ代わり立ち代わり、自分の暮らす町の議員をやってみるのがいいだろうと思ってます。僕はとりあえず残り3年間、自分の足場から見える、自分が大切だと思うことを町に伝えたり働きかけたりしようと思っています。自分の視点には限りがあるから、世界のすべての問題を見ることはできないし、すべての声を代わりに伝えることはできません。「わたしから見えてるもの、あなたから見えてるもの」、それを入れ代わり立ち代わり伝えていくというのが、ナイスなまちのつくりかたなのではないかと思います。という意味で、土井さんの視点もまちにとって大切だろうと思うんです。それで議員になって欲しいと思いました。
で、それはこの公開往復書簡を読んでいる方々にも伝えたいことです。
議員の実働日数、立候補にかかった金額はすでに書きました。毎月の議員報酬は僕の町の場合は約20万円です。定例会や駅舎のことなど含めていろいろやっていますが、汽水空港は定休日を増やしたり営業時間を短縮したりすることなくこれまで通り営業しています(汽水空港は夫婦でやってるから、僕が店番できない時はアキナが店番してます)。畑をやる時間は減りましたが、田んぼは仲間たちとやれてます。自分の仕事を続けながら議員をやることができています。いろいろな人が、自分の今の暮らしと議員になった場合の状況とを照らし合わせて、両立可能かどうかをちょっと考えてみるというのが当たり前になるといいなと思ってます。
DIALOGUE|小さなまちで商うふたりの往復書簡:土井政司(タラウマラ)×モリテツヤ(汽水空港)
2022年
第1便 まちに門戸をひらくということ
第2便 本屋の必要性が浮かび上がるとき
第3便 私にとっての信仰とは
第4便 言葉と出会う
第5便 小さなアジールをめざして
第6便 人生を味わうために
2026年
第7便 タラウマラの変化
第8便 DIYの延長線上にある「政治」
モリテツヤ / Tetsuya Mori
汽水空港を運営しながら、田畑をしたり文章を書いたりしている。2025年より、湯梨浜町議会議員。
https://www.kisuikuko.com/
https://www.instagram.com/kisuikuko.mori/



