2022年、大阪・淡路のタラウマラ店主・土井政司さん、鳥取の温泉街・湯梨浜町の本屋・汽水空港を営むモリテツヤさんの間ではじまった往復書簡が、このたび再始動しました。「経済をまわせ」という掛け声の大きな(さらに加速していったような)この時代に、ふたりは人間らしい暮らしのあり方を模索し、自分の信じたものを商い、生活の活計を得ています。「信じるに値する価値観を地べたからつくるには?」という問いを投げかけてはじまった本往復書簡。このやりとりは、どのような思索をもたらすのでしょうか。
「土井さんの視点もまちにとって大切」というモリさんの言葉を受けて、土井さんにとっての「政(まつりごと)」とは何かを語る第9便。
自分の立つ地
やはり議員の仕事はイージーではないですよね。それを聞いて安心しました。「DIYの延長線上に政治がある」という考え方もモリさんらしいなぁ、と思いますが、この「らしい」「らしさ」というのも結局は他者を一方的なカテゴリーに閉じ込める幻想に過ぎないので、本来はもっと疑ってかからないとあかん気がするんですよね。最近そんなことをよく考えます。
それはさておき、僕の名前の「政司」というのは両親が「政」治を「司」るような人物になればという想いを込めて名づけてくれたみたいなんですが、僕はこれまで生きてきて一度も議員になりたいとも政治に携わりたいとも思ったことがありません。むしろ政治とはほど遠い人生を歩んできました。さすがにいまでは両親も「あんたの政の字はまつりごとの方やったな」と笑っていますが、ここでいう「まつりごと」はフェスのような「複数のアーティストやパフォーマーが集まり、大規模な会場で音楽や食、アートなどを楽しむ複合的なイベント」のことを指しているのではなく、祭りの語源である「つながりを深める」ということを母は言うてくれたんやと勝手に解釈しています(笑)。要するに僕の考える「まつりごと」=「政治」は日々の生活を重んじることでしかなく、モリさんが生活を考え続けた先に政治を見据えられたことの逆再生的発想です。まずは自分なりに大文字で政治を考えたうえで、そこからいろんな夾雑物を取り除いて小文字の生活にたどり着いたんです。政治は自分の足もとの「いま・ここ」にしかない。晴れやかな舞台での言動はどれだけ真摯なものであっても、エンターテインメントとして消費される。発言者の思惑とはかけ離れた場所で余計な火種を生む。それは選挙もフェスも同じです。その場所に辿り着けたのは一部の足の速い者、これはもちろん比喩ですが、僕は子どもの頃から足の速い奴とそれらに追従する者たちを信用していませんでした。中学生くらいまでは何の根拠もなく足の速い奴がモテるじゃないですか(笑)? そいつらの普段の素行なんて一切関係なく、体育祭とかそんな場所で活躍した奴が評価され、もてはやされる。そういう場面をこれまでにも幾度となく目の当たりにしては憎しみを吐露したい気持ちに囚われていました。すみません、これは暗い学生時代を過ごした個人的な念がこもってしまっているかもしれません(笑)。でも中年になったいまもその考えは基本的に変わっていません。昨今のインフルエンサーとかも似たようなロジックでしょう。そもそもが選挙もフェスも文学賞もワールドカップも、すべて椅子取りゲームの論法じゃないですか。精神科医の北山修も「居場所を奪うゲームが他のゲームに比べきわめて残酷であることがあまり気づかれていない」(『自分と居場所』岩崎学術出版社)と指摘していました。それは「声の大きい者」という表現に変えてもよいかもしれません。彼らの晴れ舞台での大きな声にどれだけ日々の小さな声がかき消されていることか。僕はそのことを自分で店をやりながら痛感しています。
昨今はケアというものが注目されオープン・ダイアローグという手法もあらゆる場所で取り入れられてはいますが、本当に声の小さい人はなかなかそういう場所には辿り着けません。僕自身がそうですから。誰かが企てている催しに足を運ぶのはとても勇気がいることで、そういうことが何の意識もせずにできてしまう人からしたら伝わりにくいかもしれませんが、どんなに些細なことであっても過去に見棄てられたという経験がある人、寄る辺ないという感情を抱いたことのある人にとっては不特定多数の人間が集まる空間というのは本当に恐ろしいものなんです。1977年に当時高校生だった井亀あおいが、アパートの8階から飛び降りて自死してしまう前日まで書き続けた日記『アルゴノオト』という本をご存知でしょうか? 日々、社会に怯え、自分自身と向き合い、痛々しいほどに悶え苦しみながらペンを握ってノートに書き綴られた文章の端々から「生きたい」と「死にたい」が同時に溢れているんです。彼女を不世出の才媛として崇め神格化するのではなく、バレンタインに一喜一憂し、バスの下車時に運転手にひとこと「ありがとう」と言えただけで天を仰ぐほどに歓喜する普通の女の子が、どうして生きられなかったかを僕たちは真剣に考えないといけない。だからと言ってすべてのイベントを中止せよとか真っ先に牽引者を疑えとか、そんなことを言いたいわけではなくて、人々にとって非日常(ハレ)は確かに大切なこともあるし、足の速い人が物事を劇的に好転させることもある。ただそればっかりになるなよ、と言いたいだけなんです。

たとえばフェスのステージ上でアーティストがパレスチナの問題に言及したとします。その瞬間、観客は沈鬱な表情を浮かべていますが、次の瞬間には場面が変わったかのように拳を突き上げて爆音とともに踊り狂う。後方ではビールをガブ飲みです。そのときその場所で、誰も悪いことはしていません。そもそもフェスは音楽で盛り上がる場所ですし、そのときに僅かであっても社会情勢に言及すること自体はむしろ善行とも言える。けれどこの何気ない「良いことを共有する」という態度や流れみたいなものに僕のような人間はとんでもない暴力性を感じ取ってしまう。はっきり言って怖いんです。選挙の際に「投票に行け」としか言わない人や、投票率向上の取り組みとはいえ、投票済票をSNSに投稿するだけの人にも同様の圧力を感じるんです。数の理論でほんまにええんか?っていつも疑問を抱きます。信頼するラッパーのKING104さんが数年前に「投票前に各政党について自分の調べられる範囲のことは調べたつもりだけれど、やはり最後まで決め手になる政党がなかったので今回は投票しませんでした」とおっしゃっていたんですが、無闇矢鱈に投票する人たちよりもよほど誠実だと思いました。もっと言えば映画監督の若松孝二なんて「私は無政府主義なので、1回も投票したことがありません」と公言している。清々しいものです。こういう声を一般的な「ものさし」で覆い隠してはいけないと思うんです。パレスチナに言及する人たちについても、じゃあなんでジャン・ジュネやイザベラ・ハンマードの本を読まへんの? ネットに書かれている情報をちょかちょか巡っただけでそんな無責任な発言してええの?とかいろいろと思うところはあります。だからモリさんもマリヲくんが本気で勧めた梅棹忠夫の『文明の生態史観』をきちんと読んでください(笑)。どんなに小さな想いにも真摯に耳を傾けるのが本来の政治のあり方だと思いますので。
あとやっぱりこの数年モリさんとやり取りをしていて、純粋に大阪と鳥取という場所の違いも大きいと思いました。これは完全に受け売りなんですが、英語の「human」という語は、地面とか腐植土を意味するラテン語「humus」からきているらしくて、そういう意味では自分の立っている地そのものがその上にいる人間を形成しているとも言えるわけです。だから僕とモリさんでは物事のとらえ方が違って当たり前なんですよ。4年前の第1便でも議題に挙げた(食える公園)についても、同じことをタラウマラのある東淀川区淡路で実践したらとんでもないことになると思うんです。一夜にして食い荒らされて、見るも無惨な焼け野原になるんちゃうかな(笑)。キングジョーさんのZINE『EVERYDAY LOVE』の装丁写真にも使用した阪急淡路駅前の駐輪場なんて、駐輪場というよりも墓場ですから。出勤前に停めた自転車が帰宅時に無事に動かせるかどうかも正直怪しいところです。そもそも自転車がきちんとそこにあるかどうかもわからない。そこでは苛立ちを露わにした老若男女が他人の自転車を蹴ったり投げたり、鍵のかかっていないものはそのまま平気で乗っていったりして、ほんまにむちゃくちゃですよ。「お前のものは俺のもの、俺のものも俺のもの」という剛田イズムのようなものが非常にたくましく渦巻いています(笑)。そこも含めて僕は祖父母や母が暮らした淡路という町を愛しています。

DIALOGUE|小さなまちで商うふたりの往復書簡:土井政司(タラウマラ)×モリテツヤ(汽水空港)
2022年
第1便 まちに門戸をひらくということ
第2便 本屋の必要性が浮かび上がるとき
第3便 私にとっての信仰とは
第4便 言葉と出会う
第5便 小さなアジールをめざして
第6便 人生を味わうために
2026年
第7便 タラウマラの変化
第8便 DIYの延長線上にある「政治」
第9便 自分の立つ地
土井政司 / Masashi Doi
2020年1月に東淀川区淡路にタラウマラを開業。自転車の販売、修理を手がけていたが2026年4月末日に第1部「中古自転車立身編」を完結させ、同年6月に「書斎解放戦線編」を開幕。著作に『ほんまのきもち』『平凡な生活』『PATSATSHIT』『凹凸凹』など。
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