「この国で美術家として生きることはいかにして可能なのか?」という問いかけを起点に、
「人がものをつくる」という行為の可能性について再考する梅津庸一(1982- )とは誰か?明治期における洋画の歴史を参照しながら自画像を描き、また奔放かつ繊細な抽象ドローイングも数多く手がけてきた彼は、ひとまず画家だと言えるでしょう。しかし、その仕事は絵画に限りません。近年では陶芸や版画の制作でも知られていますし、さらには作品制作という枠組みすらも軽々と越え、私塾の開設や展覧会の企画、非営利ギャラリーの運営、批評テクストの執筆といった活動を展開してきました。
本展覧会は、そのような梅津の、2000年代半ばより始まる活動の軌跡を追う試みです。とはいえそれは、彼の実像を浮き彫りにするための回顧展では必ずしもありません。「人がものをつくるとはなにか?」―彼の仕事の随所から生じてくるこの問いにうながされ、制作という行為がもつ可能性を根本から考えなおすことこそが、私たちの目的です。
梅津はしばしば、自分の多種多様な仕事ぶりを「花粉」になぞらえてきました。一点の色斑が、一本の描線が、一語の言葉が、一個の作品が、あるいは一篇のテクストが、場所から場所へ、人から人へと移りゆく。そんな思いがけない伝播のプロセスそのものを、彼は重視しています。その点、梅津が今回の展覧会のタイトルとして「クリスタルパレス」なる語を選んだことは示唆的です。1851年、ロンドンでの万国博覧会に姿をあらわし、後には巨大な温室を含む複合施設として転用されることにもなる、鉄骨とガラスのパビリオン。庭師あがりのジョセフ・パクストンが設計した水晶宮を念頭に、彼は展覧会場を、花粉の培養地に仕立て上げようとします。
もちろん、自分の個展がこの時期、ここ大阪の地で開催されることに梅津は無自覚でありません。「クリスタルパレス」には、花粉の生成をうながす構造体という比喩のみならず、彼の政治的姿勢も含意されています。しかし、だからといって彼が、自作をとおして何か直接的かつ具体的な主張を展開することはないでしょう。現実の社会に対して「あるべき」姿や「ありえる」姿を提示することと、「私小説的」に美しい表現を追究すること。美術の制作は、その両者の微妙なあわいにこそ位置づけられるべきだと梅津は考えています。
この国で美術家として生きることはいかにして可能なのか?—大学における造形教育や、アートマーケットのありかた、また制作を下支えする産業構造など、美術をめぐる諸制度にたびたび批判を加えてきた梅津は、いつもこう自問してきました。そもそも「つくる」とは、絵画や彫刻を手がける美術家だけに関わるものではなく、考えることや話すこと、つまりは生きることそれ自体とも重なり合う、きわめて広い射程をもった営みであるはずです。美学と政治、プロフェッショナルとアマチュア、芸術家と職人といった諸領域の重なり合うところに成立する「つくる」。梅津の飛ばす花粉は、誰もが無縁でいられない制作という行為について、あらためて考えるきっかけを与えてくれるにちがいありません。
「現代美術」というジャンルは多様性、多元性を謳うが、それは果たして実際の観客(受け手)に開かれているのだろうか?
いま一度、「美術とはなにか」「つくるとはなにか?」を考える場をつくれたら幸いである。
――― 梅津庸一(プレスリリースより)
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梅津庸一(うめつ・よういち)
1982年、山形生まれ。美術家・パープルーム主宰。現在、相模原と信楽の2ヶ所で活動を展開。主な展覧会:
「LIQUID NIGHT☆」(個展)2005年、ギャラリー本城
「POST GRADUATION」(個展)2008年、ARATANIURANO
「であ・しゅとぅるむ」2013年、名古屋市民ギャラリー矢田
「パープルーム大学物語」2015年、ARATANIURANO
「未遂の花粉」(個展)2017年、愛知県美術館
「川井雄仁・梅津庸一 LOOPな気分でSHOW ME 【土塊】」2020年、艸居
「平成美術:うたかたと瓦礫 1989-2019」2021年、京都市京セラ美術館
「平成の気分」(個展)2021年、艸居
「6つの壺とボトルメールが浮かぶ部屋 梅津庸一・浜名一憲」2021年、艸居アネックス
「ポリネーター」(個展)2021年、ワタリウム美術館
「緑色の太陽とレンコン状の月」(個展)2022年、タカ・イシイギャラリー
「フェアトレード 現代アート産業と製陶業をめぐって」2022年、Kanda & Oliveira
「遅すぎた青春、版画物語(転写、自己模倣、変奏曲)」(個展)2023年、銀座 蔦屋書店
「森美術館開館20周年記念展 ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会 みんなで学ぼう、アートと世界」2023年、森美術館
「プレス機の前で会いましょう 版画物語 作家と工人のランデヴー」(個展)2023年、NADiff a/p/a/r/t
「梅津庸一・神崎倍充 二人展 ひげさん」2023年、艸居、艸居アネックス
「坂本夏子+梅津庸一 2人で描く 絵画は今、何を問えるのか?」2023年、パープルームギャラリー
「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?—国立西洋美術館65年目の自問|現代美術家たちへの問いかけ」2024年、国立西洋美術館主なキュレーション:
「恋せよ乙女!パープルーム大学と梅津庸一の構想画」2017年、ワタリウム美術館
「梅津庸一キュレーション フル・フロンタル 裸のサーキュレイター」2021年、三越コンテンポラリーギャラリー
「窯業と芸術」2022年、gallery KOHARA、陶園、丸倍の自習室
「梅津庸一 エキシビションメーカー」2024年、ワタリウム美術館今後の展覧会予定:
「浮世:ジャポニズムから日本の現代アートまで」2024年、レ・フランシスケーヌ(フランス、ノルマンディー、ドーヴィル)
「梅津庸一・シルヴィ・オーヴレ」(仮)2024年、艸居、艸居アネックス
会期:2024年6月4日(火)〜10月6日(日)
会場:国立国際美術館 地下3階展示室
時間:10:00〜17:00、金・土曜は20:00まで ※入場は閉館の30分前まで
休館:月曜
ただし、7月15日(月・祝)、8月12日(月・休)、9月16日(月・祝)、9月23日(月・休)は開館し、7月16日(火)、8月13日(火)、9月17日(火)、9月24日(火)は休館観覧料:一般1,200円、大学生700円
高校生以下・18歳未満無料(要証明)/心身に障がいのある方とその付添者1名無料(要証明)問合:06-6447-4680
※本展覧会会期中は、展示室の整備・修繕のため、コレクション展は開催しません
大阪市北区中之島4-2-55