2022年、大阪・淡路のタラウマラ店主・土井政司さん、鳥取の温泉街・湯梨浜町の本屋・汽水空港を営むモリテツヤさんの間ではじまった往復書簡が、このたび再始動しました。「経済をまわせ」という掛け声の大きな(さらに加速していったような)この時代に、ふたりは人間らしい暮らしのあり方を模索し、自分の信じたものを商い、生活の活計を得ています。「信じるに値する価値観を地べたからつくるには?」という問いを投げかけてはじまった本往復書簡。このやりとりは、どのような思索をもたらすのでしょうか。
元タラウマラのマリヲさんがモリさんにおすすめしたという梅棹忠夫の『文明の生態史観』。土井さんの「きちんと読んでください」という一言から、新たな言葉と出会うに至ったモリさんの第10便。
遷移(サクセッション)
僕にとって本は無数に存在する樹木のようなもので、いつか触れたい、その名を知りたいと思いながら、そのほとんどに未だ触れることができずにいるものという感じです。最初に出会った樹を手がかりに、その隣に生えている樹を知り、手で触れ、そして自分の足で歩き、また別の樹と出会うということを繰り返しています。そしてこの道行きには、偶然も無自覚の予感も含めたなんらかの導きを感じています。そんな感じなので、いつも次に読みたい本というのがあり、なかなかそのルートを外れることができずにいるのですが、マリヲさんのオススメと土井さんの言葉もまた、森に発生した新たな導きのようなものかもしれないと思って、ようやく『文明の生態史観』を読みました。結果、今読むべき本だったと感じているところです。
この本のなかで梅棹さんは文明が興り変化していくさまを「遷移(サクセッション)」と形容しています。遷移とは生態学の言葉で、「ある一定の場所で、生物群集の構成がひとつの方向に向かって移り変わっていく現象。遷移の最終段階は極相で、極相に到達すると遷移は停止し、生物群集は安定する。」という意味なのだそうです。梅棹さんは世界各地に生まれた文明、そして変化していくさまを、環境によって生まれた人為的なものも含めて論じていました。
この本を読んだときに、土井さんがツッコんでいる「食える公園」を大阪でやるとどうなるのかという話や、「自分の立っている地そのものがその上にいる人間を形成している」ということや、競争の話ともリンクしてくると思いました。そして自分の生き方とも。それがわかっていて土井さんは食える公園の話などをしたのかなあと思いましたが、そうなんですか?
「食える公園」を大阪でやったとして、奪われ尽くされるならそれでもいいんじゃないかと思うんです。なぜなら、そこに土がありさえすれば、種を蒔けばまた芽が出るからです。その実りもたちまち奪いつくされるのか、もしくは育んでいこうとする人間が現れるのか。それとも謎のビルが建設されてしまうのか。Z団に占領されてしまうのか。いずれにしても、何かを試せば、それまでとは異なる現実が現れます。食える公園をつくったのは、実りを共有するためだけではなく、むしろこの異なる現実を現すことにありました。人が本当に考えるときというのは、現実が目の前に現れたときです。僕はそこに価値を見出します。そして、人の試みはどこかに蓄積されます。数々の試みが蓄積され、いつか腐葉土となって、別の新しいものを生み出すかもしれない。それを期待せず期待し続けるのが、汽水空港を今まで続けてこれた理由でもあります。
自分にとって、都市はひとつの極相です。一方、人の少なくなった地方は極相に到るもっともっと手前の段階にあります。怒られるかもしれませんが、生物種の少ない「荒れ地」のようなものかもしれません。荒れ地では、競争に勝つ強さではなく、存在し続けるという強さが求められます。現に「食える公園」は誰も実りを奪いにくることなく、そして僕も通うことが難しくなり、存在が消滅しつつあります。何の反応も起こらないものを、意味を疑ってしまうものを、それでも存在させ続けるという強さが荒れ地では必要になってきます。
汽水空港もそうでした。ですが、今は近所にいくつかの店が増え、人も増え、小さいながらもひとつの生態系を築いています。遷移を感じています。こうなることを、期待せず、でも期待することをやめずに続けてきました。なぜそれをやる必要があったかというと、自分の生きていく場所を都市(千葉の幕張)≒極相に見つけることができなかったからです。ホームタウン(故郷)と呼べる場所もなく、なんのバイトをしてもうまくやれず、社会に希望を抱けない人間はどうすればいいのか。僕は当時、無自覚に遷移を辿り直して、お金を稼ぐ力がなくても、土に種を蒔けば食うには困らないはずだと考えました。小さな小屋であれば自分にも建てることができるかもしれない。そうすれば家賃にも困らないはずだと考えました。そして、それに懸けてみたんです。やれる自信があったからやったのではなく、散々悩んだ挙句、「どうせ死ぬ」というひとつの結論に至ったからやったんです。成功しようと、野垂れ死ぬことになろうと、生きられる時間には限りがある。終わりがあるのだから、それまでのあいだは、この体で試せることを試そう。そういう意識がそれ以降の自分の根底にあります。当然、一般社会に適応することさえできなかった人間なので、見知らぬ土地に辿り着いたまではよかったですが、いろいろと衝突を繰り返してきてしまいました。そしてその都度泣いています。その都度泣いて、変化せざるを得ない状況に見舞われるということを繰り返して、そして今に至ります。見知らぬ土地に暮らすこと、やったことないことをやってみること、人前で話すこと、そのすべてにビビっているし、毎回打ちのめされています。でもやれているのは、ただ命を懸けているからです。この過程で、ある程度の強さも獲得してきたのだろうと思います。
そして、自分がこのように生きれたことと、井亀あおいさんが自死を選ばざるを得なかったこととのあいだにあるのは、運なのだと思います。僕は、能力としては特に秀でたものをもちませんでしたが、出会うべきときに人や出来事、本との出会いがありました。助けがあったんです。じゃあ、運のない人は死ぬしかないのか?というと、それを回避するためにこそ、人類は「類」として生きているはずであると僕は考えます。その類のひとりとして、今は政治という手段を選んだという地点です。生存に必要なものを、運だけではなく仕組みとしてつくるのが政治だと思うからです。しかし、果たして、それが自分にできるのか。ここが、イージーではないところです。
「政治家」というものになってみて1年数カ月。僕は、政治家になるとは業を背負うことだと感じています。立候補した時点から脅迫を受けました。おそらくそれは、政治家という属性全体に対する憎しみが、たまたま自分に向けられたということなのだと思います。属性を帯びた瞬間に敵として認識されてしまう。これは属性全体の責任を負うという業です。そして政治家になってしまうと、さまざまな方向から怒られます。全方位からの声をすべて聞くべきとされているからです。それを覚悟のうえで立候補しました。僕はこれらを、自分の修行の一貫として受け止めるということをひとまず4年間やろうと思ったのです。これを終えたら、山伏の修行に行こうと思っています。山を聖とすれば、世間は俗です。俗に揉まれ、目一杯ジタバタしてから山へ向かいたい。そしてその往還を繰り返して生きていきたいと思っています(政治家を何度もするつもりはないですが)。そういうオリジナル修行の真っ只中にいます。それでも、あまりにも背負う業が重すぎるのではないかと思うときもあります。正直に吐露すれば、これじゃあ「お任せ民主主義」を越えて「生贄民主主義」だなと感じることがあります。世界のすべてを見ること、全方位の声を聞くこと、読むべき本をすべて読むこと、それらを求められますが、僕は、それはできません。人間の能力の限界として、できることは、自分の角度から目で見えたこと、心に響いた声に対して応答していくことです。それは正直に語っていきたいと思っています。開き直るのではなく。ひとりの人間が反応できる範囲には限りがあるからこそ、議員の席が数多くあるのだと思います。そして、命を運に任せるのではなく「類」として人が人を助ける仕組みを構築していく必要があるのだとしたら、今ある政治に対してもまだ試されていないことを試してみたほうがいいだろうと思います。戦後の民主主義が始まってからまだ80年しか経っていません。
終戦直後は僕のようなさまざまなパンピーが地方議員になっていたそうです。やがて1970年代から「地盤、看板、カバン」をもつ人々ばかりが政治家になる流れになりましたが、今は再びパンピーが政治家になることが可能になってきていると感じています。ひとつの極相がしばらく安定したあと、再遷移をするように。そういう時期が地方には訪れています。席は勝ち取る必要もなく、手を挙げれば座れるような状況です。町に直接言葉を伝えやすいその席が空いているのなら、その席を使ってみるということも大事なのではないか。そしてその席を独占するのではなく、入れ替わり立ち替わり、さまざまなパンピーがそれぞれの視点を共有する立場になることで、類として人が人を助ける仕組みが構築されていくのではないか。もしかしたら席がグルグルと回っていくことで、そもそも席など必要ないのかもしれないという結論に到る可能性もある。個人的にはそれを望んでいます。そして、それが起こるためには、まずはひとりが背負う業を、生贄と感じなくて済むぐらい、なるべく小さいものにしていくことが大事なんじゃないかと思っています。
話が言いたいことと逸れてしまいました。今、僕は全国各地の自治体で、住民と議員が協働して請願書を出そうという呼びかけをしています。呼びかけているのは改憲についての請願書です。今進められている改憲草案を止めたいと思っています。誰もができる手段で、その町の政治を担う人とつながり、協働して国に働きかける手段のひとつとして「請願書を出す」というものがあると呼びかけています。これに反応して、実際にいくつかの自治体で請願書を出してみたという方、協働した議員の方がブログでそのことを書いてくれています。伝えたいのは、この手段をこの国に暮らす人々のほとんどがまだ全然知らないし、試したことがないということです。議員の方も「政治団体とかじゃなくても個人で出していいのか」と驚いていました。戦後の民主主義がスタートして80年も経つのに、まだこの手段があまり試されていなかったということにむしろ僕は驚いています。そして、そういうことはまだまだたくさんあるはずです。そんなに賢くない人間(僕)でも、議員という立場になってみることですぐにまだ使われていないボールを見つけることができました。現行の民主主義がベストとは思わないし、やがてこのシステムも終わるか変化していくはずです。でも、その変化は、試せることを試し尽くさない限り起きないだろうと思います。あらゆることを試した果てにこりゃダメなシステムだとみんなが納得して終わりを迎えるのか、それともより可能性を感じるシステムに変化するのか。それはまだわかりません。その変化のときが訪れるのも、自分が死んだ後かもしれません。

『宇宙樹』という本に白樺の木のことが書かれていました。そこには、「白樺は樹木の育たない荒れ地にまず繁茂し、枝をひろげ木陰を作って、他の樹木が生育しやすい環境を整えたうえで、自らは下地となって大地に還ってゆく。こうした生態系全体の更新プロセスにおいて、その基礎あるいは母体を提供するという位置づけが、白樺に「母」というメタ・イメージを賦与する背景となっているのだ。」と書かれてありました。人類も、競争するばかりでなく、大きく見ればこうしたことを類として行っているのだろうと思います。すぐに結果として現れなくても、後世がその影響をよきものとして受け取ることができるなら、この体を使って試す価値はある。そんなふうに思って生きています。もしかしたら人が残す「本」という存在も白樺のようなものかもしれません。
そして、山伏に心が惹かれているのは、政治という人間界のことだけで人間や心(生命)を包摂できるわけがないという気がするからです。自然、神秘にもっと近づいてみたい。生命にとって重要なものにもっと触れていきたいと思っています。
と、ここまで散々『文明の生態史観』に紐づけて返信を書いているのですが、マリヲさんがオススメしてくれた本は『モゴール族探検記』だったと途中で気づきました(笑)。だけど勘違いによる偶然がこの本を読ませることになり、しかもそれが自分のなかで重要になるであろう「遷移」という言葉と出会わせてくれた。神秘を感じて、スピっちゃいそうです。ていうか最近だいぶスピってるし、スピらざるを得ないと思ってます。
土井さんはどうですか? スピってますか?
DIALOGUE|小さなまちで商うふたりの往復書簡:土井政司(タラウマラ)×モリテツヤ(汽水空港)
2022年
第1便 まちに門戸をひらくということ
第2便 本屋の必要性が浮かび上がるとき
第3便 私にとっての信仰とは
第4便 言葉と出会う
第5便 小さなアジールをめざして
第6便 人生を味わうために
2026年
第7便 タラウマラの変化
第8便 DIYの延長線上にある「政治」
第9便 自分の立つ地
第10便 遷移(サクセッション)
モリテツヤ / Tetsuya Mori
汽水空港を運営しながら、田畑をしたり文章を書いたりしている。2025年より、湯梨浜町議会議員。
https://www.kisuikuko.com/
https://www.instagram.com/kisuikuko.mori/



